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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2488号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 斉藤寿賀子

〈ほか二名〉

右控訴人三名訴訟代理人弁護士 江橋英五郎

被控訴人(附帯控訴人) 戸賀崎義泉

右訴訟代理人弁護士 大類武雄

同 村瀬統一

主文

一、原判決主文第一項を次のとおり変更する。

控訴人らは各自被控訴人に対し金二八万九、九七八円を支払え。

二、被控訴人のその余の請求及び被控訴人が当審において拡張したその余の請求を棄却する。

三、控訴人らのその余の控訴を棄却する。

四、附帯控訴に基き原判決主文第二項を次のとおり変更する。

被控訴人と控訴人らとの間において原判決末尾添付別紙目録記載家屋賃貸借上の賃料が昭和四八年五月二五日以降につき一ヶ月金三万三、八〇二円であることを確認する。

五、その余の附帯控訴を棄却する。

六、訴訟費用(附帯控訴を含む)は第一、二審を通じこれを五分し、その二を被控訴人の負担とし、その三を控訴人らの負担とする。

七、この判決は被控訴人勝訴の部分中金員の支払を命じた部分に限り、被控訴人が控訴人ら各自のため金六万円の担保を供するときは仮りに執行できる。

事実

控訴人ら(附帯被控訴人ら、以下控訴人らという)代理人は「原判決中敗訴部分を取り消す。被控訴人(附帯控訴人・以下被控訴人という)の請求を棄却する。訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め附帯控訴として「原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。控訴人らは各自被控訴人に対し金八九万一五九六円を支払え。被控訴人が控訴人らに賃貸している原判決末尾添付目録記載の家屋についての賃料は、昭和四八年五月二五日以降一ヶ月につき金四万二、四三四円であることを確認する。訴訟費用は一、二審とも控訴人らの負担とする。」との判決並びに第二項につき仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加もしくは訂正するほか、原判決事実摘示と同一(ただし原判決四枚目表二行目、同裏七行目、同六枚目表五行目のいずれも「附」を「付」と訂正し、同五枚目表九行目、同六枚目表一行目、同二行目「×1/12」とある部分はいずれも誤記と認め、「×1/2」と訂正する)であるからこれを引用する。

控訴人ら代理人は次のとおり述べた。

一、本件建物は昭和二一年九月二八日勅令第四四三号地代家賃統制令の適用ある建物であるから、同令第三条により同令に基づく停止統制額以上に賃料増額を請求し、これを認容することは許されないにかかわらず、統制額を超えた賃料を認定した原判決の判断には法令解釈の誤りがある。

1、地代家賃統制令第一〇条は「裁判、裁判上の和解又は調停によってその額が定められた場合には、その額は、これをその地代又は家賃についての認可統制額とする」旨規定している。右の規定は土地又は家賃の紛争の解決に附随して地代家賃等が定められる例が裁判又は調停等に於て多いので右の規定が定められたのである。従って、「裁判上の和解、調停に」於て、当事者の合意があり、裁判所がこれを認可した場合は別として、地代家賃統制令による停止統制額の定めある家賃について、この額を超える賃料の増額を請求する裁判において、裁判所は同令第七条一項一、二号の増額認可の請求権を有する場合でなければ停止統制額を超える認可統制額を定める裁判をなし得ないものというべきである。そうでなければ、地代家賃統制令により地代家賃の高騰を押えるという法の趣旨を裁判所自ら否定する結果となるからである。

2、さらに、地代家賃統制令第七条に基づき増額の認可の認められるのは、同条一項一号の「借家について改良工事若くは大修繕と認められる工事がなされたとき」のみに限らるべきところ、借家について改良工事若くは修繕等を家主がなしたことのない本件に於て、同条により増額を認める余地はない。

二、かりに右主張が理由がないとしても、原判決の本件賃料算出の方法は適正妥当なものではない。

1、原判決は昭和四五年五月二〇日当時の賃料を算出するに当り

(1)先ず本件土地の更地価額を金八八〇万円であることを確定し、本件土地に本件家屋が存在することによる建付地減価を四五%として底地価額四八四万円を算出し、之に適正利潤率年五分を乗じ、更に固定資産税・管理費を加え、同じく家屋の価格五二万円に対する適正利潤・管理費、税負担を加え、利まわり方式による本件家屋の賃料は年額二九万六、七一五円になるとし、(2)具体的関連諸事情を考慮するとして、控訴人の昭和三八年四月以降昭和四五年四月までに賃借人の負担支出した修繕補修費を年毎に均分按分した金額の六割相当額を減少することとし、(3)スライド方式を加味することとして、昭和三八年四月に定められた一ヶ月金八、〇〇〇円の賃料に対し、諸税負担の上昇率五・五八倍及六大都市市街地価格推移指数平均値における上昇率二・三九倍を乗じて得た賃料年額の平均値を採用して三八万二、五六〇円と算定し、(4)之と前記(2)で得た算定額との差額の五分の一を(2)で算定した額に加え、適正賃料月額二万四、九九六円を算出している。以上の算出の方法は、いずれも合理的根拠を欠くものである。

2、特に右(2)の具体的関連事情として控訴人の負担した修繕費は昭和四〇年以降であるから五等分して全額減額すべきであるにかかわらず昭和三八年四月以降七年間として七等分してしかもその六割のみ減ずるという誤りを犯している。また、昭和四八年五月二五日当時の賃料算出に当り(3)のスライド方式の算出において、昭和四五年五月二〇日当時の算定方式と異なり諸税負担額が昭和四六年より昭和四八年は二・二六倍となっているところから修正要素から排除せざるを得なくなり、計算方法に一貫性を欠くという矛盾を露呈している。

被控訴代理人は次のとおり述べた。

一、原判決の本件賃料算出はその前提において事実の誤認があり、かつ方法において、次のとおり適正妥当を欠くものである。

1、本件建物の間取りは、原審認定の八畳・六畳の和室二、六畳の広さの洋室一、風呂場・台所・便所の設備のほかに、四畳半の和室一がある。

2、本件家屋の敷地の建付地減価について原審鑑定人西田善左右の鑑定結果によれば一五パーセントとしているにかかわらず、原判決はその三倍の四五パーセントを減じており、このことについての合理的理由が明らかでない。

3、昭和四八年五月二五日当時における本件土地の更地価額を算定するに当り、標準地たる横浜市鶴見区東寺尾町字飯山七四九番五の宅地を標準とすると、本件土地の更地価額は金一、三三〇万五、五〇〇円になるとしながら結局昭和四六年一二月二〇日当時の価額金九六七万円の約一・一九倍にあたる金一、一五〇万円としたことに、合理的根拠がない。

4、本件家屋の賃料算定にスライド方式を採用することは妥当でないが、かりに採用するとしても、スライド方式により算出した賃料と利まわり方式による賃料との差の五分の一を利まわり方式によって算出した賃料に加算することの合理的根拠がない。

5、なお、スライド方式の賃料の算定に当り昭和四六年一二月一〇日以降の賃料の上昇率を昭和四五年九月から昭和四六年三月まで六ヶ月間の六大都市市街住宅地価額指数平均値の一・〇八倍としているが、本件第一回の賃料増額の意思表示のなされた昭和四五年五月二〇日から第二回の賃料増額の意思表示のなされた昭和四六年一二月一〇日までは一年六ヶ月の期間があるのであるから昭和四六年一二月一〇日以前の過去一年六ヶ月間の上昇率をとるべきであって、諸統計により昭和四五年三月から昭和四六年九月までの一年六ヶ月の上昇率をとれば約一・二八倍となる。

二、原審において被控訴人が昭和四五年四月一日以降昭和四八年五月二四日までの未払賃料合計として金一一七万七、七五四円を記載しているが、これは明らかな計算の誤りであって、被控訴人主張の数式により算出した金額は一一八万九、二九一円である。よって、被控訴人は控訴人に対し附帯控訴において原審における勝訴部分を除く金八九万一、五九六円の支払いを求める。

証拠≪省略≫

理由

一、当裁判所も、被控訴人の控訴人に対する本訴請求については、原審とほゞ同様に判断するものであって、その理由は以下に付加、訂正もしくは削除するほか原判決理由に説示するところと同一であるから、それをここに引用する。

1、原判決一三枚目裏一〇行目「第三条」とあるを「第二三条」と、一五枚目表四行目「実蹟」を「実績」と、同六行目「常素」を「要素」と、同末行「さへ」を「さえ」と、それぞれ訂正し、同一四枚目表一行目「鑑定人西田善左右の鑑定結果並びに」を削除する。

2、同一四枚目裏冒頭に、「本件建物の停止統制額による賃料は、昭和四五年度金七、四五〇円であることは控訴人らは明らかに争わず、昭和四七年一月一日以降の停止統制額が金一万七、七五四円であること、昭和四八年四月一日以降の停止統制額が金二万七、〇三七円であることは本判決末尾添付計算書のとおりであるから、被控訴人の賃料増額請求が右停止統制額を超えていることは明らかである。」を、同裏五行目「解せられ」の次に「、貸主は裁判所の決定した適正賃料額を請求しうるものと解せられ」を、それぞれ付加する。

3、同一九枚目裏二行目「あったこと」の次に「が認められ」を付加し、同末行「建付地減価の割合」の次の「は」を削除し、次に「前掲鑑定人の鑑定の結果は、敷地と建物の関連性、最有効使用の程度、更地化の難易等を勘案すると、本件の場合更地価額の一五パーセント減を妥当としているけれども、昭和三八年度に比較して昭和四五年度における土地価格の騰貴が、他の日常生活物資の価格の上昇よりもはるかに著しいものがあったことは公知の事実であることを考慮すれば、利まわり方式の元本に土地価額の投機的部分が影響することを抑止する必要もあるし、また、成立について争いのない乙第一号証によって認定できる本件建物の賃貸借契約の継続の経緯及び後記認定の本件建物の構造設備等に照らすと、前掲鑑定の結果に指摘された諸要素を勘案するときは、むしろ」を付加する。

4、同二〇枚目表四行目「適正利潤率は」の次に「通常の利回りによるのが相当と解されるので」を付加し、同裏六、七行目「別紙計算書」とあるを「原判決末尾添付別紙計算書(以下単に別紙計算書と称する)」と訂正する。

5、同二一枚目表五行目「の和室二」を「四畳半の和室三」と訂正する。

6、同二三枚目表七行目「総額」とあるを、「修繕費中本件家の構造部分の修繕費と解される前記二〇万三、一八〇円」を付加する。

7、同三二枚目表末行及び三五枚目表四行目「三八万一、七〇七円」とあるをいずれも「三九万一、七〇七円」と、同七、八行目及び末行「三九万五、六三二円」とあるをいずれも「四〇万五、六三二円」と、同末行及び四一枚目表二行目並びに八行目「金三万二、九六九円」とあるをいずれも「金三万三、八〇二円」と、三六枚目表四、五行目「九五万二、八四二円」を「九五万二、八三四円」と、同八行目「六二万〇、〇六四円」を「六三万一、六三一円」と、三八枚目表三行目「金四一万二、八三八」とあるを「金四二万四、四〇五」と、同六行目及び同裏七行目並びに四〇枚目裏六行目「金二三万七、八一〇円」とあるを「金二二万六、二三六円」と、三八枚目裏六行目及び四〇枚目表一〇行目「金一三万七、六一二円」とあるを「金一四万一、四六八円」と、三八枚目裏八行目「金三七万五、四二二円」とあるを「金三六万七、七〇四円」と、四〇枚目裏四、五行目「金五万九、八八五円」とあるを「金六万三、七四一円」と、同六行目及び四一枚目表五行目「金二九万七、六九五円」とあるを「金二八万九、九七八円」と、四三枚目別紙計算書⑦項末尾38万1707円とあるを「39万1707円」と、それぞれ訂正する。

二、つぎに、当審における控訴人らの主張について判断すると、控訴人ら代理人は、賃料増額請求について、裁判所は地代家賃統制令に基づく停止統制額を超える賃料額を認容することは許されないと主張するけれども、統制令一〇条の解釈上、同令の適用を受ける賃貸借関係においても個別的具体的に特段の事情の認められる場合には、裁判所は停止統制額に拘束されずに、また、同令七条所定の場合に限定されることなく自ら公正妥当な額を統制額を超えて決定しうると解すべきことは前叙のとおりである。本件家屋の賃料停止統制額算定の基礎となる本件家屋の固定資産税台帳価額は、前記本判決末尾添付計算書によれば二〇万二、九三八円とされている。右評価額は本件家屋の現実の経済的機能に比して低額の感があるが、これは、本件家屋が前記認定のとおり昭和一〇年以前の建築であるため、減価償却によりかなり低額に評価されたものと解され、その結果、本件家賃の統制額は家屋時価の適正の利潤率を基として算定した適正賃料より低目に押えられているものと解される。しかし、右家屋は前記認定のように、時価少くとも五〇万円には評価できるものであり、老朽しているとはいえ、家屋としての経済的機能を果たしているものであることを考慮すると、本件は停止統制額を超えて裁判所が妥当な賃料を定めうる場合に該当すると解すべきである。この点に関する控訴人の主張は理由がない。

三、控訴人ら代理人はさらに、賃料算出の方法は合理的根拠を欠くと主張するけれども、前記認定の本件賃料算出の方法はいわゆる利まわり方式によりながら、スライド方式との調整を試み、かつ近隣の事例、控訴人らと被控訴人間の主観的事情、変転する社会的な経済事情の変動等元来数量的にその変化を計量し難い一切の事情を斟酌しようとしているものであって、たとえ、その算出方法に一貫性を欠くところがあったとしても、賃貸人・賃借人の衡平をはかるためには他に適当な方法が考えられない以上、妥当な措置と解され一概に合理性を欠くものとはなし得ない。また、控訴人の修繕費の算定に矛盾があるとの点については、本件のような継続賃料の算定にあたり修正要素として賃借人の支出した修繕費を考慮するを相当とするけれども、賃借人が支出した修繕費は、賃料額決定の際の一要素たる賃貸人と賃借人間の事情として考慮すれば足り、その全額を支出した期間に照応して正確に減額しなければならないものとは解し得ない。然るときは支出額の全額を減ずべきものとする控訴人の主張は理由がない。

付言するに、以上の算定方式に加うるに、前記認定の近隣の類似賃貸借関係における賃料額事例、ならびに本件家屋の停止統制額(本件家屋の固定資産税評価額については、成立について争いのない乙第二号証の二(昭和四五年度家屋課税台帳兼家屋補充課税台帳)のほか資料がないので、すべて昭和四五年度の固定資産税評価額を基礎に算定しているが、なお、建築後の年数を経ているため減価の著しいことを考慮すべきことは前叙のとおりである。)等斟酌すると、本件家屋の第一次乃至第三次賃料としては、それぞれ前記認定の額が相当と判断される。

四、つぎに、被控訴人の主張について判断すると、被控訴人も同様に賃料算定方式の合理的根拠ならびにその更地価額の認定の根拠を欠く旨主張するけれども、その主張の理由のないことは、前叙のとおりである。

五、以上のとおり、被控訴人の控訴人らに対する昭和四五年五月二〇日第一次の増額請求による賃料は金二万四、九九六円、昭和四六年一二月一〇日第二次増額請求による賃料は二万七、〇五八円を正当と判断するものであって、この賃料額に基づき算出した延滞賃料金二八万九、九七八円を、控訴人らは各自被控訴人に支払う義務があり、被控訴人の延滞賃料の請求はこの限度で正当であり、その余は失当であるから、控訴人らの本件控訴は原判決と一部相違する限度で理由があり、また、昭和四八年五月二五日以降における第三次増額請求による賃料は金三万三、八〇二円と判断するものであるから、原判決と一部相違する限度で被控訴人の附帯控訴は正当である。

よって、原判決は本件控訴並びに附帯控訴に基づき、これを変更さるべく、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第九五条、第九三条、第九二条、第八九条、第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田辰雄 裁判官 小林定人 野田愛子)

〈以下省略〉

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